2001年秋九州旅行(山陽編)(4/4)  (2016-1-12更新) /4
 11月15日(木) 小倉〜平尾台〜めかり公園〜徳山) (220KIm)

(写真なし)
 (九州編)から
2号線を東へ移動、徳山までの2号線は工事中の所もあったが自動車専用道路もありかなり走りやすくなっていた。 午後4時過ぎ山陽道の徳山西IC入口を過ぎて宿探し、徳山に泊まることに決める。(岩国の錦帯橋を撮りたいので通過したくなかった)
 JR徳山駅新幹線口前のホテルに17時前に着く。
 11月16日(金) (徳山〜周防大島〜錦帯橋〜音戸ノ瀬戸〜呉) (210Km)


錦帯橋
錦帯橋の写真
 
音戸の瀬戸の写真
 
呉の夕景の写真
久し振りに朝から晴れた。 最初にホテルのフロントで勧められた大畑瀬戸へ行く。 瀬戸の幅が広いので潮流が迫力に欠け、橋の形も四角で地味な感じ。 周防大島を小回りできるコースがあるので回った。 大島大橋(山口県)の写真
周防大島の中は海沿いの道で瀬戸内海の島々が見られきれいな風景だったが、県道部分が狭かったのは予想通りだった。
次に錦帯橋へ向かう。 錦帯橋では川原が駐車場になっており、遠くから見て橋と駐車場が一緒になっているようでおかしな風景だった。
次に音戸ノ瀬戸へ向かうが広島市の前後、呉で渋滞に巻き込まれる。
音戸ノ瀬戸は昔に見たのと同じで潮流が早く迫力のある風景だった。
時間が遅く少し暗くて光の当り方が悪かったが写真を撮り、呉に戻ってビューポートくれに泊まる。 外観のきれいな船員協会のホテルで魚が良く刺身盛合せが旨かった。
 11月17日(土) (呉〜野呂山〜鷲羽山〜岡山) (220Km)


野呂山からの展望
野呂山の写真
 

鷲羽山展望台パノラマ
鷲羽山展望台の写真
気分はそろそろ東京への帰りモードになったが日曜日に高速道路を走るのは気が進まないので月曜にすることにした。
今日の最初は道路地図にマークがついている野呂山へ登る。
野呂山は頂上部分が広く開発されていて展望台がどこにあるかと探さなければならなかった。 時間が早いためか登っている車がほとんどなかった。 カーブの間隔が長く楽に上がれたが下りは結構な勾配だった。 残念ながら景色はかすんでいて見通しが悪かった。 高さがあり遠くまで見えるので瀬戸内海を見渡せる良い場所だ。
次は99年に泊ったことのある尾道の海岸沿いの道を通過して鷲羽山へ向う。 鷲羽山は山の下に泊ったことがある場所で瀬戸大橋が通っている。 その後いろんな設備ができたので様子が変わっているが案内板を見て過去の記憶が戻ってくる感じ、鷲羽山の白い砂が印象的でした。
 11月18日(日) (岡山〜明石〜東京) (735Km)


明石海峡大橋
 
明石海峡大橋の写真
天気予報は悪くないのに朝から曇っている。
2号線を使って明石まで走り午後1時頃に明石海峡大橋に着く。 雲が濃くこの付近では時々雨に降られた、撮影ポイントを探すが付近は住宅地で高台が他になく橋の下から撮ることにした。
午後3時ころ第二神明道路を走っていると名神高速の標識が見えた。 6時間走ると東京なので東京帰着が夜になるから日曜の渋滞は緩和されているだろうということで東京まで走ることにした。 案の定、浜松で海老名から25Kmの渋滞情報、足柄SA付近でも渋滞20Kmとのこと。 実際の渋滞は30Km位あったので足柄から高円寺まで2時間もかかってしまった。
高円寺でガソリン給油し自宅へ午後11時前に帰着。 (今回の旅行は終了)

総 括
 
 
35年前の旅行は
どんなだったか

 あわただしく準備不足で出発したが、昨年に旅行する予定だったが車の入替えで時期を失して出来なかったもの。 35年ぶりで周った所は懐かしい所も多かったが都市部の開発は目覚しく昔の面影がほとんどなくて初めての所のようでした。
 北海道へ行った後で九州へ行くと、暖かい地域のため人が多く住んでいることや開発が進んでいることを実感しました。 北海道とはかなり違い、平地では道路が網の目のようにあり、隣の村や町までの距離が近い。
 佐多岬、長崎鼻・開聞岳、やまなみハイウェイは1992年にも周ったがその他の地域は久し振りで初めての場所も多く新鮮な気分で周れた。 前に行った所は過去の記憶が甦るような感じもあり記憶力テストみたいな部分もある。
 また来年も行きたいと思っています。
 
20日間の旅行で走行距離は4330Kmと少な目でした。
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